「私の初マラソン」・・・中 編


長居公園へ
昭和62年3月8日のレース当日、午前6時に起床。幸い雪はやみ、曇りで無風。朝食はお餅3個とコーンスープ。餅は「持ち」が良いとかで、縁起を担ぐランナーも多い。義兄の車で午前9時5分長居競技場に到着。受付を済ませ、ロッカー室で着替えをする。

 

ゼッケン番号228番。公園全体に前夜の雪が残り、気温は6゚C。かなり寒いが長時間のレースを考えてウエアはランニングと短パンにする。初めてのフルマラソンなので、いささか緊張しながら20分ほどウオーミングアップ。


 

初マラソン
参加者406名。コース説明のあと、午前10時一斉にスタート。オーバーペースにならないように、1周毎に時計をチェックしながら走る。

 

周回コースなので、誰が何周したかをチェックする係員がいる。私の場合は201番から250番までの走者をチェックする係員に、1周ごとにゼッケンを見せながら走る。

 

5周目(14 km)までは至極快調。押さえ気味ながらも1周平均 14分24秒で、予定のタイムより3分速い。10周目(28 km)までも依然として好調。下肢の痛みも疲労感もない。この間の5周も1周平均14分36秒で、予定のタイムを2分短縮。

 

ところが13周目(35 km)になると、3時間ほど走り続けているので次第に疲れが出て、足の裏が擦れて痛み出す。下肢全体が鉛の棒を入れたように重くなり、とても自分の足とは思えない。

 

身体中のグリコーゲンが枯渇したのか、足だけでなく思考力までが極端に鈍る。周りの長居公園の景色もスローモーションの映画を見ているような感じで、不思議なことに自分がいま何周目を走っているのかどうしても思い出せない。


 
この頃になると流石に出発時の元気はどこへやら、無口になって歩き始める者が多くなる。足にマメができ靴を脱いで道ばたに座り込む者、腹を抱えてトイレへ駆け込む者、足がケイレンして倒れる者もいる。誰に頼れる訳ではなし、手を貸す訳にもいかず(手を貸せば失格になる)、正に孤独な地獄レースである。

 

あと1周なのか2周なのか思い出せないまま、もうやめようと思ってスタート地点に着くと、周回チェックの係員から「今度が最終回ですから頑張って下さ~い!」と言って赤いタスキを渡され、やっと正気に戻る。

 

不思議なもので残り一周と聞き、これで地獄ともおさらばかと思うと途端に元気が出る。ところが気持ちとは裏腹に、まるで身体が言うことをきかない。最後の気力を振り絞って15周目に向かったものの、スピードは一向に上がらず、ゴール前のわずか500米が揚子江の向こう岸のように思えた。

 

結局最後の5周は予定タイムを5分ほどオーバーしたが、10周目までの5分の貯金に助けられ、当初の目標タイムを僅か13秒オーバーした3時間45分13秒でゴールイン。

 

給水のために5、10、12、13、14周目にエイドで5回立ち止まっただけで、コース途中では一度も歩かず止まらず、正に亀の歩みのタートルマラソンそのものであった。


レース直後ふくらはぎが硬直して、ロッカー室まではアヒルのヨチヨチ歩き。膝を曲げると大腿部、身体を曲げると腹の筋肉がケイレンする。横にバタンと倒れたまま靴を脱ぎ、苦労して何とか着替えを済ます。

 

こんな苦しいレースは二度と出るまいと心に誓いながら、重い足を引きずって大会本部へ完走証をもらいに行くと、 「49歳で初マラソンなら、3時間45分は立派なものですよ」と慰めてくれた。

                                     (to be continued) 

テーマ : マラソン
ジャンル : スポーツ

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46歳からジョギングを始めて今年で34年になりますが、走りの途中で見かける野鳥に興味を持ち、平成16年3月から野鳥撮影を始めました。今は歩きに変えていますが、徳島で見かける野鳥を中心に掲載させていただきます。
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